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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)4656号 判決

原告 有限会社メイク

右代表者代表取締役 大和愛子

右訴訟代理人弁護士 三輪泰二

被告 幸島栄三

右訴訟代理人弁護士 矢野欣三郎

主文

一  被告は、原告に対し、金二六九七万五三八〇円及びこれに対する昭和六三年四月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文と同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五六年五月二一日、訴外新光開発株式会社(以下「訴外会社」という。なお、同社は、当庁において昭和五六年(フ)第二三〇号事件として昭和五七年三月二六日に破産宣告を受けた。)に対して、原告所有の千葉県流山市こうのす台二五五番四の土地(当時の地目は山林、地積三三〇平方メートル)及び同市こうのす台二五五番地四所在の建物(居宅三棟)を代金合計七八六四万円で売渡し(以下「本件売買契約」という。)、訴外会社から右売買代金のうち金五一六六万四六二〇円の支払を受けたが、残代金二六九七万五三八〇円の支払を未だ受けていない(以下、これを「本件売買代金債権」という。)。

2  被告は、昭和五六年九月二八日、原告に対して本件売買代金債権を含む前項の売買代金七八六四万円全額について訴外会社と連帯してその支払いを保証する旨を約した。

3  よって、原告は、被告に対し、前項の連帯保証契約に基づき、本件売買代金債権金二六九七万五三八〇円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和六三年四月二一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2はいずれも認める。

2  同3は争う。

三  抗弁(消滅時効)

1  原告と訴外会社との間においては、本件売買代金債権の弁済期について次のとおり約定されていた。

(一) 金七〇〇万円 昭和五六年八月二五日

(二) 金一〇〇〇万円 昭和五六年九月二五日

(三) 金九九七万五三八〇円 昭和五六年一〇月二五日

2(一)  原告及び訴外会社はいずれも商人であって、本件売買代金債権は、商人たる原告又は訴外会社が営業のためになした行為(売買)によって生じたものであり、前項の各弁済期の翌日から起算していずれも五年が経過した。

(二) 被告は、右時効を援用する。

四  抗弁に対する認否、反論等

1  抗弁1の事実は認める。

2  抗弁2の(一)の主張は争う。

原告は、昭和五八年二月、千葉地方裁判所松戸支部に、本件売買代金債権の主債務者である訴外会社破産管財人に対し本件売買契約が無効であることを理由に売買対象物件の所有権移転登記抹消登記手続請求訴訟を提起し(以下「別件訴訟」という。)、その審理が進められた。したがって、原告としては、この時点では、本件売買契約の有効を前提とする本件売買代金債権の請求をすることは自己矛盾であり、それを行使することはできなかった。そして、昭和六一年一月二八日、本件売買契約を有効とする別件訴訟の判決が言渡され、同年二月一二日、同判決が確定したことから、本件売買代金債権の請求が法律上可能となったのであるから、右判決が確定した同年二月一二日が本件の時効の起算点となり、未だ消滅時効は完成していない。

3  (右原告の主張に対する被告の反論)

原告が主張するところの自己矛盾のために本件売買代金債権を行使できなかったとの事実は、本件の右債権を行使するための法律上の障害事由に当たらないことは明らかであるから、本件売買代金債権の消滅時効は各弁済期の翌日(抗弁1)から進行するものである。

また、原告は、実際上も、破産裁判所からの破産債権届出の催告に従って、解除条件付(原告が勝訴した場合は破産債権届を取下げる旨)にて本件売買代金債権の届出をすることができたものであり、かつ、現実にも破産事件の場合にはそのような届出が数多くなされているのであって、原告の本件売買代金債権の行使に当たっては、このように何らその行使を妨げる事実上の障害すらなかったものである。さらに、別件訴訟中においても、原告は、訴外会社に対する所有権移転登記抹消登記手続請求を主請求とし、これに売買代金請求を予備的に併合することも何らさしつかえなかったものである。

五  再抗弁(消滅時効の中断等)

1  裁判上の請求

原告の別件訴訟は、前記のとおり本件売買契約無効の訴訟ではあるが、本件売買契約を有効とする本件売買代金債権との間に請求の基礎の同一性があり、右訴訟の中で訴えの変更等の手続により、本件売買代金債権を訴訟物にすることができた事案であるから、その基礎となる事実関係について裁判上の請求を行っていると解しうる。現に、訴外会社の破産管財人は、本件売買契約が有効であり、売買代金残金二九九七万五三八〇円の支払債務(本件売買代金債務)がある旨主張し、この点が右訴訟の主要な争点となり、その判決理由中でも、本件売買契約が有効であり、訴外会社が原告に支払うべき売買残代金債務が金二六九七万五三八〇円であることが認定されているのであるから、別件訴訟は裁判上の請求として本件売買代金債権の消滅時効を中断しているとみるのが時効制度の趣旨に合致する。したがって、別件訴訟の判決確定時が消滅時効の起算点となり、本件の消滅時効は完成していない。

2  債務の承認

(一) 被告は、別件訴訟で昭和五九年三月六日に証人として証言した際、本件売買代金債権につき、本件売買契約は有効であるとし、自己がその残代金二六九七万五三八〇円(本件売買代金債務)の支払義務のあることを自認しているのであるから、この時点で被告は本件売買代金債権の債務を承認し、本件の消滅時効が中断していることは明白である。

(二) 債務の承認は、相手方(代理人でも可)に対するものと認められれば、その方法、態様は問われないものであるから、本件のように、被告の別件訴訟における証人尋問の際の証言であっても、何ら、問題とはならないものである。

3  時効援用権の濫用

被告が、本件の消滅時効を援用することは、援用権の濫用であり、信義則上援用を認めるべきではない。

すなわち、訴外会社の破産管財人は、別件訴訟において、本件売買契約は有効であり、残代金支払義務があると主張していたのであり、右判決も、これを容れて売買を有効とし、判決理由中ではあるが、残代金二九九七万五三八〇円の残代金支払債務のあることを認容したのである。したがって、原告としては、被告が自ら主張した残代金支払義務を履行することは、被告の主張を裁判所が認めれば、右判決確定後右債務を履行することが充分期待できたのである。しかるに、被告が一転して本件で消滅時効を援用して右支払義務を免れようとする態度は、反信義的態度であり、時効制度の趣旨に反する。したがって、本件は時効援用権の濫用として、援用の効果は発生しないというべきである。

4  時効停止

本件売買代金債権については、主債務者である訴外会社が昭和五六年一二月一四日当庁に対し破産の申立をなし、昭和五七年三月二六日破産宣告決定を受けたのであり(同庁昭和五六年(フ)第二三〇号)、この破産宣告決定と同時に破産債権はその個別行使が法律上禁止されるのであるから、これが禁止される期間、すなわち、破産手続終結までその消滅時効は停止するとみた方が時効制度の趣旨に合致するものである。このことは、会社更生法の手続につき、更生債権の時効停止を説く考え方が参考となるものである。したがって、本件の主債務は、昭和五七年三月二六日の破産宣告決定によって時効が停止され、現在停止中であって消滅時効は完成していないこととなり、連帯保証人である被告の本件売買代金債権についての連帯保証債務の消滅時効も完成していないこととなる。

六  再抗弁に対する認否、反論

1  再抗弁1(裁判上の請求)は争う。

時効中断の効果の及ぶ範囲は、あくまでも訴の対象とされた請求原因ごとの訴訟物(別件訴訟では所有権移転登記抹消登記手続請求)に限られるのである。したがって、原告の主張するように、その効果は請求の基礎の同一性のある範囲にまで拡張されるべきものではない。

2  再抗弁2(債務の承認)は争う。

(一) 被告は、別件訴訟の中で、証人として本件売買契約が有効であるとの前提のもとに、それに沿う証言をしただけであって、本件売買代金債権の支払義務があることを自認したことは全くない。

(二)(1) 前記のとおり、被告は、別件訴訟において係属裁判所より適式な呼出を受けたので法律上の義務として出頭し、かつ、法律上の証言義務があるところから同訴訟における争点たる訴外会社を買主、原告を売主とする本件売買契約が有効であることを証言し、かつ、同契約が有効であることを前提として訴外会社破産管財人が売主である原告に対し額は不明であるが残代金支払債務があることを証言したにすぎない(代金支払債務が完済されていなければ額が不明であっても残債務が存在することは自明の理である。)。

(2) ところで、時効中断事由たる承認は、権利者に対する権利の存在を認める任意の意思表示であり、表示される相手方は権利者に対してなされなければならないものであると理解されている。

しかるに、被告は、原告主張にかかる別件訴訟において本件売買契約の有効か無効かが争われた事件で証人として係属裁判所より呼出を受けたので出頭し、同契約の有効性に関し求められるがままに同裁判所に対し事実に関する自己の記憶認識を陳述したにすぎないのである(被告は同証言にかかる事項につき証言拒絶権がない。)。同証言供述は、原告に対し売買代金債務の存在を認め時効中断事由たる承認をしたのではなく、司法機関たる係属裁判所に対し(権利者たる原告に対してではない)証言供述をしたにすぎないのである。したがって、別件訴訟における証人であった被告の証言供述が、本訴で原告が主張する時効中断事由たる承認に該当しないことは明らかと言わなければならない。

3  再抗弁3(時効援用権の濫用)は争う。

原告は、本件売買代金債権について、前記のとおり条件付で破産債権届をすることができたのであって、このことについては事実上も法律上も何らの障害はなかったのである。加うるに、原告は、別件訴訟を提起するにつき法律専門家たる弁護士に依頼し、その指導により適切な処置をとり得たにもかかわらず漫然と推移し、消滅時効完成前に右破産債権届をしなかったのであるから、原告は破産手続からの配当請求権を自ら放棄したと看做されるべきである。要するに、被告の消滅時効の援用は何ら権利の濫用に当らない。

4  再抗弁4(時効停止)は争う。

原告が主張するのは会社更生法についてであり、同法五条には時効の中断につき規定がある。しかし、本件は破産債権についての問題であるから、直接その考え方が適用されるいわれのないことは明らかであるばかりでなく、更生債権についてさえも同法五条に反し本来認めることのできない考え方である。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因について

請求原因1及び2の各事実は、当事者間に争いがない。なお、本訴状送達の日の翌日が昭和六三年四月二一日であることは、本件記録上明らかである。

二  抗弁(消滅時効)について

1  抗弁1の事実については、当事者間に争いがない。

2  次に、抗弁2の(一)について判断するに、本件売買代金債権の各弁済期が抗弁1の(一)ないし(三)のとおりであることについては右認定のとおりであり、右事実によれば、原告が、その権利、すなわち、本件売買代金債権を行使をすることができる時とは、右各弁済期の翌日からであることは明らかである。

この点につき原告は、原告が別件訴訟を提起し、本件売買代金債権の前提となる本件売買契約は無効であるとしてその効力を争ったのであるから、その訴訟係属中は、本件売買契約を有効とする主張は自己矛盾となり、本件売買代金債権を行使することはできなかったのであるから、結局のところ本件売買代金債権の消滅時効の起算点は別件訴訟の判決が確定した時である旨主張する。しかしながら、消滅時効期間の起算点である権利を行使することをうる時とは、権利を行使するについて履行期の未到来などの法律上の障害がなくなった時をいい、原告主張の右事由は何ら右の法律上の障害に当たらないことはその主張自体において明らかであるから(原告において本件売買代金債権の現実の行使の方法があることについては被告の主張のとおりであると解される。)、原告の右主張は理由がなく採用することができない。

3  したがって、前記認定の事実と、《証拠省略》によれば、抗弁2、(一)の事実を認めることができる(なお五年の期間の経過は明らかな事実である。)。

また、抗弁2、(二)の事実は、当裁判所に顕著である。

4  以上によれば、結局、被告の抗弁(消滅時効)は理由がある。

三  再抗弁(消滅時効の中断等)について

1  原告は、消滅時効の中断事由として再抗弁においていくつか主張しているが、このうち、まず、再抗弁2(債務の承認)について以下判断する。

2  前記認定と事実と《証拠省略》によれば、次の各事実が認められる。

(一)  被告は、本件売買契約の締結に先立つ昭和五五年七月に訴外会社の代表取締役社長に就任していたものであること(なお、被告は、訴外会社設立時の昭和四七年四月に同社に入社し、同年一一月に常務取締役、昭和四九年一二月に専務取締役に就任していた。)

(二)(1)  別件訴訟の第七回口頭弁論昭和五九年三月六日、(証拠調期日)において、被告は、証人として証言し、その証言中において、訴外会社破産管財人代理人の

「この覚書(本件における甲第九号証)を知っていますか。」

との質問に対し、

「知っています。」

と答え、

また、

「この覚書(前同様)の第三項に残代金二九九七万五三八〇円の支払方法が記載してありますが、実際に訴外会社から原告に対してどの位払っているのですか。」

との質問に対し、

「はっきりした記憶はありませんが、一〇〇〇万円は払ってあると思います。」

と答え

「この請求書(本件における甲第一〇号証の一)を見たことがありますか。」

この質問に対し、

「受け取った記憶があります。」

と答え、さらに、

「昭和五六年八月二七日に小切手で二〇〇万円、同月二八日に現金で一〇〇万円払ってあるのですか。」

との質問に対し、

「払ってあります。」

と答え、

「残代金は、この位残っているのですか。」

との質問に対し、

「記憶がありません。」

と答えていること

(2) さらに、同様に同訴訟の第八回口頭弁論(昭和五九年六月五日、証拠調期日)の証言中において、被告は、原告代理人との問答で、

「残金の合計は二九九七万五三八〇円ですね。」

「はい。」

「訴外会社としては当然覚書(前同様)のとおり支払うと大和に言ったのでしょう。」

「そうです。」

「大和から残金二〇〇〇万円を受け取って売買の残代金については分割と。」

「はい。」

「大和には実際には払ってないですね。」

「はい。」

とそれぞれ答えていること

(三)  また、訴外会社破産管財人は、別件訴訟の昭和五八年五月三一日付け被告第一準備書面において、本件売買代金債権に関して、抗弁1の(一)ないし(三)と同旨の代金支払条件を前提とした上で、本件売買契約につき、「その売買代金の一部が未払いであるものの訴外会社が原告より正当に買い受けたものである」旨の主張を(第二回口頭弁論で陳述)していること

3(一)  ところで、時効の中断とされる承認とは、時効の完成前に、時効の利益を受くべき者が、時効によって権利を失うべき者(権利者の代理人に対してなされた承認も、本人に対する承認として、これについて時効中断の効力を生ずる。)に対して、その権利の存在することを知っている旨の表示をすることをいい、その方法、態様としては、要するに相手方の権利の存在を認識していることを表示するという実質を備えるものであればよく、一定の方法、形式が要求されるものではなく、明示たると黙示たると、裁判上なされると裁判外でなされるとを問わないものと解される。

これを本件について検討するに、前記認定の各事実によれば、被告は、別件訴訟における裁判上の証言行為という中ではあるが、本件売買代金債権全部(正確には別件訴訟で未払代金として主張されていた金二九九七万五三八〇円から一部弁済された金三〇〇万円を控除した金二六九七万五三八〇円で、これは本件原告の請求額と同一のものである。)につき、原告に右債権が存在する事実を認める表示行為をしていることは明らかであるから、右認定の被告の証言行為を一体なものとして少くとも昭和五九年六月五日の時点において、被告は原告の本件売買代金債権の存在を承認していたものと認めるのが相当である。そして、このように解することは、承認が中断事由とされることの中心的な根拠である相手方の権利の存在についての義務者の自白(という証拠)という点のみならず、義務者の示す客観的な態度のゆえに権利者が積極的権利行使の行動をとらなくてもその怠慢を非難できないような事情があるという点の両者の側面からみても、合理性があるというべきである。

(二)  この点につき被告は、別件訴訟における被告の前記認定の証言は、証言拒絶権のないものであって任意性がなく、かつ、裁判所に対する供述であって権利者たる原告に対してなされたものではないから、いずれにしても時効中断事由たる承認には該当しない旨反論する。しかし、前記認定の各事実によれば、被告は、もともと訴外会社の代表者たる地位にあったものであって、訴外会社が破産宣告を受けたことから、その手続上訴外会社の代表者に準ずるものとして証人として証言したものにすぎず、また、別件訴訟における本件売買契約における争点及び本件売買代金債権につき訴外会社の代金不払の事実を十分に知った上で右証言をしたものであることは明らかであるから、右証言行為自体が任意性を欠くものであったとはとうていいえず、かつ、右被告の証言行為が被告主張のようにいわゆる訴訟上の行為か私法上の行為かという問題ではなく、前記認定のとおり被告が原告(代理人)の面前において本件売買代金債権が存在する旨の表示行為をしたという事実をもって債務承認行為の存在を認めるにすぎないものであるから、原告に対してなした証言行為ではない旨の被告の主張自体も失当なものというほかなく、いずれにしても被告の右反論はいずれも採用できない。

(三)  以上によれば、本件売買代金債権については、昭和五九年六月五日の時点において被告の承認(時効中断事由)があり、本件の五年の消滅時効は右の時点から新たに進行したものと解され、他方、本件原告の訴えが右の時効期間中に提起されたものであることは本件記録上明らかである。

4  以上のとおりであるから、原告の再抗弁乙(債務の承認)の主張は理由があり、原告主張のその余の再抗弁事実について判断するまでもなく、原告の本訴請求は、理由があることになる。

四  結論

以上の事実によれば、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 安間雅夫)

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